「所沢野菜つれない市場−ダイオキシン騒ぎ「不安・・・店頭に出せぬ」

市幹部ら、112店にお願い行脚」




〜朝日新聞1999/02/06朝刊〜

 食卓に並ぶ野菜がダイオキシンに汚染されていたら−。テレビ朝日の報道をきっかけに、 消費者の不安が一気に噴き出した所沢産野菜の販売中止騒ぎ。大手スーパーは5日も 所沢産野菜を拒絶し続けた。「所沢の大気のダイオキシン濃度は国の指針値以下」と いう「役所の論理」は市場には通じず、騒ぎは収まりそうもない。農家にも、 消費者にも不安が高まるなか、所沢市幹部は5日、スーパーを直接訪れる「巡回作戦」 に乗り出した。

 ●数字恐れる

 JA所沢市の事務所には、抗議や問い合わせの電話が殺到している。1997年に、 所沢産ホウレンソウなど5品目のダイオキシン濃度を調査しながら、 結果を公表していないからだ。

 所沢市当局は当時、「結果はJAに公表させる」と市議会で答弁。その後も再三、 公表を迫ったという。それでも公表を拒んでいる理由について、JA所沢市幹部は 「国の基準がない以上、数字が独り歩きする恐れがある」といって口をつぐむ。

 埼玉県は5日、データの開示を求める考えを明らかにした。JA所沢市の幹部は 「県の求めがあれば提供する」としたが、市民への公表については「県などと話し 合って決めたい」と含みを残した。「公表して数値が低いと本当かと疑われ、高ければ、 やっぱりと思われるから」

 ●消えた産地

 西武線所沢駅前にある大手スーパーの野菜売り場。産地を表示するプレートから 「埼玉産」の文字が消えた。帰宅途中に立ち寄った市内の女性会社員(48)は 「最近は水を飲むのもいや。ご飯もミネラルウオーターで炊いていますよ」。 市内の農家から直接買い求めていたニンジンも一本も食べずにごみ箱に捨てたという。

 売り場担当者は「埼玉の野菜というだけでイメージが悪い」と浮かぬ顔。 報道の当日まで所沢産のホウレンソウを置いていたが、翌日にはすべて廃棄処分した。

 別のスーパーでは「口に入るものを売る我々は、安心を売る商売。白か黒しかない。 店頭に出すものにグレーは許されない」と厳しい表情で語る。

 所沢市の幹部が5日、市内のスーパーなど計112店舗を一斉に訪れた。 斎藤博市長は東京都豊島区の西友本社を訪れ、理解を求めた。木内政雄副社長は 「我々は消費者に安全第一の物を提供する役目がある」と答えた。

 西友は報道以降、東京や埼玉など約80店舗で所沢産野菜の仕入れをストップ。 ジャスコも埼玉、千葉各県と東京都内の20店で所沢産・入間産のホウレンソウ、 チンゲンサイの取り扱いを中止している。特にジャスコは「行政が安全だという 見解を出すまで扱わない」と強い姿勢だ。

 ●コープ自衛

 「産直野菜のダイオキシン検査を行い、非常に少ないことを確認しています」。 埼玉県内に57店舗を持つ「さいたまコープ」はこんなポスターを5日、全店に張り出した。

 同コープは以前から、所沢産野菜を扱っていないが、「我々の商品は大丈夫だと 説明したかった」という。

 狭山、所沢、入間の各市を産地とする「狭山茶」の生産者らも影響を振り払うのに 懸命だ。業界関係者が作る「日本茶普及協会」は、ダイオキシンを吸着しやすい 竹の炭で土壌改良するように勧めてきたが、「下手をすれば、狭山茶の存亡に かかわりますから」と心配する。

 ●調査せず

 環境、厚生、農水の3省庁は5日、局長レベルの連絡会議をつくり、調査に乗り出した。 環境庁の幹部は「いくらダイオキシンの値が高いといっても、ホウレンソウばかり 食べるわけではない。全体の摂取量から見ればわずかで即座に影響があるわけではなく、 冷静に受け止めてほしい」と話す。

 ところが、テレビ朝日が報道した濃度でどの程度のダイオキシンの摂取になるかの 試算は、厚生省の管轄だ。従来、厚生省と農水省は食品についてナーバスで、 所沢市での詳細な調査を行っておらず、それがいまだに安全宣言のできない理由だ。

 環境庁が恐れるのは1970年代後半に起きたマグロ水銀パニックだ。その時は、 マグロに高濃度の有機水銀が含まれているとされ、市場は暴落、大混乱に陥った。 それ以後、魚類について、水銀だけでなく、他の化学物質の汚染調査もできなくなった。

 環境庁の幹部は「早急に調査をして、摂取量に即して公表し、マグロの水銀パニックの 再来になっては困る」と心配する。

 ●一種の風評災害だ
 広井脩・東大社会情報研究所教授の話 O-157騒動でカイワレが売れなくなったりしたのと 同じような「風評災害」の一種だ。沈静化には、調査データを公開し、安全かどうかを確かめ、 さらに土壌改良などの対策を積極的にPRするしかない。「情報を公開するとパニックを 引き起こすのでは」という思いこみがあるのかもしれないが、逆に情報を閉ざすと消費者の 疑心暗鬼を招き、事態を悪化させるだろう。

 ●きちんと実態把握を

 ダイオキシン問題に詳しい森田昌敏・国立環境研究所統括研究官の話 ダイオキシンの 分析は難しく、報道された値がどれだけ正確なのか、きちんと判断することが大切だ。 野菜は水洗いしたり湯がいたりすれば、ダイオキシン濃度が下がるので、人が食べる時の 濃度も把握しておく必要がある。今回のケースは、全国のゴミ処理場周辺でのダイオキシン 問題に広がりが出てくる可能性もあり、きちんと実態を把握すべきだ。

 ●テレビ朝日の放送内容

野菜のダイオキシン濃度を調査したJA所沢市がデータを公表していないことに触れたうえで、 東京都内の民間研究所の調査では、市内の野菜から厚生省の全国調査を大きく上回る ダイオキシンが検出されたことを報じた。放送は1日の「ニュースステーション」。


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