日本人の精子薄まる?
犯人は環境ホルモンか
 日本人の精子が薄くなっているのではないか、と専門家たちが心配している。ホルモンの作用を乱して生殖能力にダメージを与える「環境ホルモン」の害について、急速に解明が進んできたからだ。欧米では近年「精液の濃度低下や量の減少が認められる」とする研究発表が相次いでいる。環境庁は昨年暮れに研究班を立ち上げたものの、比較できる過去のデータすらないのが実績だ。

(社会部・永井靖二)














●予兆
 「人類だけがこうなるのか。それとも未知の物質の影響か」と、上口勇次郎・旭川医大教授(発生遺伝学)は首をひねる。
 同教授はこの10年間、精子の染色体異常を調べている。男性56人を調べたところ、精子の異常率は3.6〜24.8%にのぼり、全体としてネズミや家畜の約10倍のレベルだった。異常率は年齢、職業、酒、たばこなどと関連はなく、ダイオキシンやマイクロ波を浴びせても、そうした異常起こらなかった。
 世界保健機関(WHO)の基準によると、通常の性行為で妊娠するのに必要な精子は「2,000万個/1mlで半分以上が正常な運動を示すこと」とされる。
 押尾茂・帝京大講師(生殖生物学)は数年前から、医学部性の協力で精液濃度などを調べている。約30人のうち半数を超える学生がWHO基準を満たさなかったという。(−以下省略−)

〜朝日新聞夕刊1998/02/13〜


地球人の世紀へ
ヒトは子孫を残せるか
 飯塚理八さんは、日本の人工授精の草分けである。慶応大医学部教授を辞めたあとも、不妊専門クリニックを開いている。
 この50年間、数え切れないほど多くの日本人の精子をつぶさに監察してきた。その飯塚さんが、「男性」の衰えを目の当たりにして、新しい危機を予感している。相談に訪れる男性患者の25%が無精子症、数が少ない乏精子症を入れると60%にもなる。人工授精で夫の精子が使えないと、医学部の学生が精液を提供する。その提供する側も、あやしくなっている。治療には1億個以上/1mlの元気な精子がいる精液を使いたい。ところが今は5,000万個でよしとせねばならない。それでも、年間50人の提供者を確保するのは容易ではない。
 いったい何が原因なのか。説明がつかない。戦後の一時期、似たようなことがあった。子どもができないという相談者の精子が減った。しかし、この理由ははっきりしていた。戦地でかかったマラリアなどの熱病と、極端な栄養失調という共通の背景があった。
 飯塚さんが実感した危機を、海外の一つの報告が裏打ちしている。デンマーク国立大学病院のニールス・スカッケベック教授が、男性の精子が半減しているという説を発表したのは1992年のことだった。正常な男性の精液1ml中の精子の数が、50年の間に1億1,300万個から6,600万個に減ったという内容だ。(−中略−)
●環境ホルモンの驚異
 野生生物を脅かしている環境ホルモンが、人間にまったく無関係とは思えない。人類の未来もまた、危機に瀕しているのではないか。1996年、コルボーンさんらは著者「奪われし未来」で、豊富な実例をもとに、こう警告した。(−中略−)
●国際研究を急ごう
 しかし、その裏に潜む大きな負の部分に目をつぶることはもはや許されない。物づくりに携わる人や企業は、つくり、使い、廃棄にいたるすべての段階で、先の世代への影響を見通した上で安全性に責任をもたさなけらばならない。
 科学の時代の先端をゆくアメリカは、ホルモン撹乱作用の有無を調べる検査方法を2年以内に確立し、疑わしい全ての物質について検査することを決めた。すでに数百万ドルの研究費を注いでいる。
 毎年、千種の化学物質が新しく作られ、国境を越えて行き来する。世界有数の製造国として日本の責任は重い。なにしろ規制の甘さでは海外にも知られている国だ。
 この研究には長期的視野と学際的協力が欠かせない。膨大な化学物質が相手なのだから、まず国際的な分担と情報交換の仕組みをつくりたい。
 ヒトが、自ら生み出したものによってほろびていこうとしているのか。世代をへだてた2人の女性科学者の警告は、真実味を帯びて私たちに覚悟を迫っている。

〜朝日新聞社説1998/02/01〜


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