「母乳とダイオキシンとう対処」

もっと欲しい科学的データ

「母乳3ヶ月間」提案も


 日本女性の母乳は代表的な環境ホルモン(内分泌撹乱物質)とされるダイオキシン類にひどく汚染されていることが厚生省の調査で明らかになり、子育てを控えた若い母親の間に不安が広がっている。厚生省は「大丈夫」というが、専門家の意見は大きく割れている。ダイオキシンの研究者の中には「排出量を減らす為に生後3ヶ月くらいで授乳をやめることもやむを得ない」という人もいる。一方、母乳育児を勧める医師たちは「母と子の心身の健康を守るには、ずっと母乳で育てた方がいい」と主張する。いったい私たちはどうしたらいいのか。

■気になるデータ

 「母乳で育てたいのですが、ダイオキシンは大丈夫でしょうか?」
 出産直後からの母乳育児を勧めている国立長崎中央病院の吉永宗義医長(小児科)は、出産を控えた父母から、そう訪ねられることが多くなった。「医師や看護婦が集まると、母乳中のダイオキシンのことが話題になる」という医師もいる。
 不安が生じているのは、厚生省が4都道府県の母親の母乳を調べ、「赤ちゃんが耐容1日摂取量の6倍前後のダイオキシン類を摂取している」と推定される数値を発表したからだ。ばらつきをみると、数10倍程度になる。
 耐容1日摂取量は「毎日摂取しても健康に問題ない」との考え方に基づく基準で、厚生省はこれを体重1キロあたり10ピコグラムと定めている。今回の数値について、厚生省は「耐容一日摂取量は一生の間とり続けると規定して決めたものだ。授乳期間は短いので、県境への悪影響は心配ない」とみている。
 ただ、気になるデータもある。九州大医療技術短大部の長山淳哉・助教授(環境衛生学)が1歳前後の赤ちゃんを調べたところ、母乳から摂取するダイオキシン類の量が多くなるほど、免疫細胞がアトピー性皮膚炎になりやすい傾向があった。厚生省の別の調査でも、授乳期間が長いほどアトピー性皮膚炎の発症率が上がっていたという。
 赤ちゃんに免疫力を付けると言った母乳の長所を生かしつつ、母乳中のダイオキシン類が出来るだけ赤ちゃんに渡らないようにするにはどうしたらいいか。
 長年ダイオキシンを研究してきた摂南大薬学部の富田秀明教授は「母乳育児は3ヶ月くらいまでにとどめ、あとは人工乳に変えたらどうか」と、最近出版した「ダイオキシンから身を守る法」(成星出版)の中で提案している。
 富田教授の提案がユニークなのは、母乳をやめた後も母乳を絞り続けて捨てることを勧めている点だ。母親の身体にたまっていたダイオキシン類は母乳を通じて体外へ排出される。半年の授乳で約4割、1年間なら約6割も濃度が減るといわれる。母乳を絞り続ければ、次の子供に与える悪影響もその分少なくなるのだ。
 これに似たガイドラインが一時期ドイツにあった。ベルリンにあるロベルト・コッホ研究所のティーツェ教授によると、1984年に学術団体が「最初の4ヶ月は母乳を与える。その後も続けたい場合は濃度を検査し、濃度が高ければ授乳量を制限する」という勧告を出した。しかし、政府の委員会は1995年末、母乳中のダイオキシン類濃度が半減したなどを理由に、制限は必要ないと勧告した。
 ただ、「母乳中のダイオキシン類濃度は母親によって10倍もの差があるゆえ、胎児期にすでに強く影響を受けている可能性があるので、だれにでも当てはまる方法があるかどうかは分からない」(長田助教授)という見方もある。

■減少する蓄積量

 日本でもダイオキシン類が環境ホルモンとして注目されたのは最近のことだが、実は母乳中の濃度は以前より減っている。
 大阪府公衆衛生研究所が1973年から毎年、凍結保存の母乳を調べたら、ダイオキシン濃度は1970年代前半の半分にとどまっていたダイオキシン類が部淳物として混じった農薬や除草剤が使われなくなってきたせいと考えられている。
 とはいえ、ほ乳動物である私たち人間が、我が子に安心して授乳できない自体は極めて異常だ。過剰反応は慎まねばならないが、母乳を制限するのか、危険は低いとみて飲ませるのか、最終的な判断は個人にゆだねられている。
 問題は、自分で判断しようにも、危険性に関する正確な情報があまりにも不足している点だ。専門家ですら、黒白をはっきり言いきれることは出来ない。母乳を通じて摂取したダイオキシン類の量が赤ちゃんにどんな悪影響を及ぼすのか。授乳時期の違いや、第2子、第3子ごとに量がどう変化するのか。早急に研究を進める必要がある。

〜朝日新聞1998/04/26朝刊〜
竹内敬三(編集者)・村山知博(科学部)

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